ココロの記憶

“ ちょっと前の話ですが、トモヨさん(仮名)はとにかく短期記憶がすぐに消えてしまう認知症のおばちゃんでした。朝食が終わると10分立たないうちに「朝ご飯はまだやろか?」、昼食を済ませて下膳が済むと「そろそろお昼ご飯やないやろかねえ」などと言われます。トイレに行こうと動き出して、洗面所あたりで「あら、ワタシ何ばしよったんかね」と言ってリハビリパンツに失禁されたりします。いつも優しい笑顔で対応してくれて、あまり不穏なことは無いのですが、話がかみ合わない、同じ話を繰り返す・・・で最後は笑って寝ましょうか、で終わってしまう。トモヨさんは、娘さんが東京に居られるだけで、近くには姪のタケコさんがいて、時々この老人ホームに訪ねて来てくれています。その一番よく会ってるタケコさんが訪ねて来られたある日、「どちらさんやったかねえ」と言われたことがあり、さすがのタケコさんも「ここまでボケたらかなわんなあ」と言って帰られたということもありました。タケコさんはさっぱりした性格で、「ばあちゃんボケてしもうとるけん、迷惑かけると思うけどすんません。言うこと聞かんやったらたたいていいですけん」などと言われます。もちろんたたいたりできませんけど・・・
 そんなトモヨさんも数回の転倒による骨折で、とうとう寝たきりの生活を送るようになってしまいました。ご家族にも連絡して、危険な時間帯はベッドのサイドレールを四方に立てたりしますが、それを乗り越えようとされることもあります。あまりに危険なので、ついにはベッドを外し、床にマットと布団を敷いて休んでいただくようにしました。今のような低床ベッドがあればよかったのですが、当時は無かったので・・・
 布団の中で、一日の大半を過ごし、食事もギャッチアップの機械を入れて布団の上で召し上がられていました。話はできますが、耳が遠いのを、ご本人も気にされてか、うまく返事ができない時は笑顔で済まされることも増えていました。「今日はいいお天気ですよ」と声をかけると「えっ、今日はおはぎが食べられると?」とか、「食事にしましょうか?」と声掛けすると「いや、まだ私は嫁には行かんよ」などなど、トモヨさんと話していると、ちんぷんかんぷんな世界に連れていかれます。
 そんな日の中で、ある日もう一年以上もこちらに顔を見せておられない東京の娘さんから一通の手紙が届きました。トモヨさん白内障が酷くて字が読めないから、私が読んであげよう、どうせすぐ忘れるやろうけど、とトモヨさんの部屋へ行き、ご本人に手紙を見せ、「封を開けていいですか?」「僕が読みますよ」と言って、耳元でゆっくり手紙を読み上げました。内容ははっきり覚えてないけど、”なかなか会いに行けなくてごめんなさい。今はたった一人の娘だから、行かないといけないとは思うけど、自分も体を壊したりしていけなくて申し訳ない”というお詫びの文章だったように思います。手紙を読み終わってふと見ると、トモヨさんは涙を拭きながら、「ありがとう、ありがとう」と言ってお辞儀をしています。そして、大事そうに手紙をしまいました。
 トモヨさんと会ってからもう3年は過ぎようとしてる頃でしたが、僕の顔は覚えてるけど名前や何をしている者かも覚えてはいただけていません。ただ会うたびに「トモヨさーん」と声はかけています。ここの老人ホームの中では、トモヨさんは穏やかなしゃべり方からも、癒し系のおばあちゃんという位置付けになっています。だから、職員もみんな「トモヨさーん」と声掛けしに来るんです。
 あの手紙から、1ヶ月近く過ぎた日に、いつものように「トモヨさーん、おはようございます」と訪ねると、「ああ、おはようさんです。あんた、この間、娘からの手紙ば、読んでくれたよね、ありがとう」と笑顔で話され、びっくり。「覚えとったんね。こちらこそありがとう」私はびっくりして、思わずトモヨさんを抱きしめていました。きっと娘さんからの手紙はトモヨさんの心の中に記憶されたんだな・・・とみんなで話しました。”

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