介護職のプロが在宅介護した話

私は大学を卒業してから20年弱、介護業界で働いてきました。
施設介護から始まり、デイサービスや訪問介護など現場を経て、今は長く在宅のケアマネージャーの仕事をしています。
資格も経験もたくさんある、いわば高齢者介護のプロだと自負しています。
そんな私の父親は、65歳になったときに肺炎で入院しました。その際に、今まで放置していた糖尿病が思っていたよりひどく、肺の状況も心臓もかなり悪いと判明したのです。
長年の飲酒、喫煙が原因でした。
私は専門職ですから、再三注意はしていたつもりですが、それでも通院についていくなどの対応はしていませんでした。
肺気腫がひどいので、介護保険を申請し、その当時は要介護2、介護用ベッドをレンタルし始めました。
それでも小康状態を保ち、要支援1になったりとベッドのレンタル以外のサービスは受けていなかった父親が、心筋梗塞で倒れたのが68歳のとき。
一命は取りとめましたが、そのころから坂道を転げ落ちるように体調は悪くなり、介護保険の利用を本格的に開始し、ヘルパーによる昼食調理やリハビリデイに通わせるなど、私なりにアドバイスし、見守ってきたつもりです。
しかし父親はタバコも買い食いもやめられず、昼間独居で一人で自転車に乗れる父親の行動を縛ることもできず、とうとう昨年秋71歳のときに脳梗塞を発症してしまったのです。
私は仕事柄脳梗塞の怖さや治療は一刻も早くしないといけないことなど重々承知しているのですが、驚いたことに朝起きられずろれつも回らず、右半身が動かないその状態の父親を、同居している母親は外来で普通に受診してしまったのです。
救急ではないのと、循環器の医師に当ってしまったせいか、普通どおりに検査を回り、いわゆる治療が始まったのはその日の夕方でした。



入院はじめは誤嚥もひどく、嚥下障害と言語障害、立位困難で右半身麻痺が著明でした。
ある程度の覚悟はしていましたが、それよりも気になったのが精神面での変化です。
ぼんやりとして過ごし、テレビも見ずにひたすら寝ている。ネガティブ発言ばかりする。感情失禁でいきなり泣き出す。
このままでは認知症かうつ病が進行すると思いました。
ですので、急性期が終わりその先の生活をどうするかとなったときに、リハビリ病院には転院せず在宅に連れて帰る決心をしました。
家は古い長屋です。住宅改修は、もう上れない2階への手すりと、家では入ることができなくなったのに浴室の改修に使ってしまっていて残りはありませんでした。
ですので、まずは上がりかまちは階段状の手すりをレンタルし、車いす、ベットサイドのテーブル、介助バーもレンタル、ポータブルトイレや尿器も購入し、とりあえず昼間は一人でもベッド周りだけで生活できるように環境を整えました。
その後区分変更して要介護3になりましたので、ヘルパーを毎日、リハビリデイは週三日に増やし、訪問のリハビリを週二日いれ、限度額ぎりぎりまで介護保険を利用して在宅復帰しました。
はじめは大変でしたが、家に帰ってきたことで精神状態が落ち着き、リハビリに対しても非常に意欲的になりました。
もともとお小遣い稼ぎでしていた内職があり、リハビリがわりに退院後もはじめたのですが、それをすることで張りも生まれ手も動かすことで、余計にいい刺激になったようです。
体調は二転三転を繰り返しましたし、正直毎日顔を出して様子をみて、トイレの片付けや食事の用意をするのは大変でしたが、退院して8ヶ月ほどたってからは家の中は自由に動けるようになったのでずいぶん楽になりました。
今回の父親のことで、私もずいぶん勉強させてもらいました。施設は決して悪いものではないのですが、本人の意欲や周りの工夫、そしてうまく介護保険を使えば在宅でのリハビリや生活は何とかなると思います。


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