13歳の介護師

現在20歳の私が中学生のときにあった体験です。
祖母は認知症であり、介護サービスを受けています。しかし、ホームヘルプサービスも、デイサービスもショートステイも、介護サービスは多く存在しますがその金額は一般家庭には高額であります。中学校の夏休み期間だけ、私が祖母を見ることによってその介護サービス費の何割かをお小遣いとしてもらうことができないだろうかと考えるようになりました。
それがこの中学生の介護士生活の始まりです。
仕事に行っていない日は、母が祖母を介護していました。私はそれをずっと見てきたので、何をすればいいのかは既にわかっていました。あとは実行するだけです。やることはつぎのとおりです。

1.お昼ご飯をつくること
2.トイレに連れて行くこと
3.喋ること

とにかく、毎日これを続けるだけだと思っていました。しかし、蓋を開けてみると介護はとてつもない重労働でした。

1つ目のお昼ご飯についてです。祖母は噛む力が弱いため、あまり硬いものは作ることができず、また健康のためと称して塩分を控えめにつくっていました。そのため、雑炊やうどんなどが中心のお昼ご飯です。その結果、
「やわらかすぎ、味が薄くて美味しくない」
と言われました。認知症であろうと人間です。不味いなら不味いと言います。試行錯誤しながら祖母に合う味の料理をつくったり、煮込む時間を考えたり…と料理は得意になった気がします。
2つ目のトイレについてです。祖母は老人用おむつを着けており、交換してやらないといけません。我が家では、一旦トイレに連れていき、便器に座らせた状態でおむつを交換するという方式をとっていました。そのトイレに連れて行くのがまあ大変なことで、「行きたくない」と駄々をこね始めます。引っ張っていけたら良いのですが、祖母は体格が大きく、立つのを手伝うことが精一杯です。一度、トイレに連れて行くだけに2時間かかったことがあります。根気強く「行こう」と話しかけましたがまったく動こうとしませんでした。私だって、そんなに長い時間構ってあげることはできず、私の方も苛ついてしましました。それ以来、ある程度はトイレの時間を決めつつも、時間をあけてからもう一回話しかけるという方法をとりました。おむつは悲惨なことになっていると思いますが、仕方のないことです。介護する方だって穏やかな気持ちで接してあげたいはずです。そのためには、ときには諦めも肝心だと思いました。
3つ目の喋ることは、認知症にとって言語力を使うことは重要なことらしく、たくさん話しかけるよう言われていました。一緒に暮らしていると、その口数が少なくなっていくことに気付きます。テレビを見ていてもあまり笑わず、ぼおっとしながらただ見ているだけでした。祖母に関係のない話でも、たとえ返答がなくてもひたすら思いついた順で話しました。認知症なので、同じ話をもう一回していても気づくことはありません。「どう思う?」など質問を織り交ぜながら話しました。


結果、約1ヵ月で20000円程もらいました。こんなにお金がかかるのは、こんなに重労働だからです。家族は介護をしてくれている人にこの金額分の感謝を伝えるべきだと思いました。また、この経験でわかったことは、認知症に対して神経質になっても無駄だということでした。祖母も人間であり、家族ですが、その前に私自身も同じ存在であります。好きな家族を嫌いになんてなりたいはずもなく、祖母に怒鳴る母も同じ気持ちであるはずです。祖母は怒鳴られたことも忘れていますが、怒鳴って後悔するのは母なのです。認知症に怒るだけ無駄です。それなら、楽しく介護した方が随分とお得な気がします。

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