介護職として忘れられない出来事

はじめに、私は介護職が好きです。人の人生の最期に関わるという重要なお仕事ですが、自分にとって意義のあるお仕事だと思っています。
私は以前、介護とは全く違うお仕事をしていました。ただご高齢な方と関わる機会が多く、会話を楽しむうちに次第に介護職に興味を持つようになりました。自分は何がしたいのかを考えた時に、何か人の役に立つお仕事がしたいと思ったのです。お仕事をしながらヘルパーの資格を取り、デイサービスに配属されました。
いざ働き始めると、それまでの考えは甘く想像とは全く違う事に気付きました。それまでは、デイサービスというと一緒にレクリエーションを楽しんだりする、すごく楽しいイメージが強かったのですが、ただただ忙しいという現実に直面しました。ご利用者様に対して深く関わりたいと心から思うのですが、入浴介助やトイレ介助などに追われて自分が本当にやりたいと思う事がほとんど出来ませんでした。私のデイサービスでは介護度が重度の方が多く、1日35人の定員はほとんど埋まっていたのでスタッフが施設の端から端まで駆け回るほど忙しく動いていました。それでも介護を通して人の役に立つ事が出来るというやりがいは素晴らしいものでした。
私には、ずっと忘れられないエピソードがあります。それは私の介護職としての原点だと思っています。


ある時、重度のご利用者様が新規契約になり初めてご来所されたのですが、見るからに食事が摂れていない状態で体はやせ細っており寝たきりの状態でした。聞けば、そのご利用者様はご自分から食事を拒否され、ご家族がその状態に困っているとの事でした。本当ならすぐ病院に行って栄養を摂って頂かないといけない状態でしたが、ご家族はどうしてもそのご利用者様に少しでも笑顔になってもらいたいと思っておられたようで、病院ではなくデイサービスに通ってほしいと言われました。
はじめは、やはり食事を拒否され、「あんた達は嫌いじゃ、あっちに行け。痛いから体に触るな」と言われ、体にもなかなか触れさせて下さいませんでした。ずっと騒がれ、触ろうとすると奇声を発せられました。そんな状態にスタッフも困っていました。食事を少しでも摂って頂かないと元気になれないので、食事の形態を変えたり、水分摂取を少しでも栄養やカロリーの高い物に変えたりして工夫をしましたが、ご本人はほとんど拒否されました。後で聞いたのですが、ご利用者様は誰の世話にもなりたくないというご自分のプライドがあった為、食事介助を拒否されていたのです。
数日経ったある日、私がベッドに近付くと「水分をくれ」と言われるので栄養ドリンクを持って行くと、少しずつですが飲んで下さいました。私はそれが嬉しくて、「ありがとうございます」と笑顔で伝えました。それ以来、少しずつ食事を摂って下さり、体力が回復してこられました。デイサービスにも慣れてこられたのか表情も和らぎ、それまで怒ってばかりいたご利用者様がほとんど怒らなくなりました。それまで精力的に介助を行ってきた私達スタッフをやっと認めて下さったのだと感じました。
体力が回復されてほっとしたのも束の間、また食事がなかなか進まない時があり現場にも緊張が走りました。定期的にご利用者様に近付き声掛けなどをするのですが、突然ゴニョゴニョと小さな声で何かお話しされた時がありました。よく聞こえずに傍に行き、「どうなさいましたか?」と聞くと、小さい声で一言「ありがとう」と言って下さったのです。その時私の目からはすぐに涙が溢れてきました。ご利用者様の目に見える所で泣いてはいけないと思いながらも、私はご利用者様の傍から離れる事が出来ませんでした。「こちらこそ笑顔を見る事が出来て嬉しいですよ。私は、○○さんの事を自分のおじいちゃんだと思っていますからね」とお伝えすると、嬉しそうに笑顔を見せて下さいました。
それから数日して、残念ながらそのご利用者様は亡くなられました。ご家族からは、「おじいちゃんが少しでも元気になってくれて嬉しかった。皆さんがずっと声をかけてくれたのがとても嬉しかったみたいよ。たくさんお世話をして頂いてありがとう」との言葉を頂きました。あの「ありがとう」と言って下さった時のご利用者様の笑顔が忘れられず、今でも自分の中で生きておられるような気持ちがします。
介護ではどんなに自分たちが忙しくしていてもご利用者様に楽しく過ごして頂くのが一番ですが、一つひとつの言葉や介助がそのご利用者様の心にどれだけ響く事が出来るかが大切だと考えています。私達介護者がする介護にご利用者様が笑顔で応えて下さった時。それは私にとっての一番の、介護職として、また人としてのやりがいになります。私は今事情により介護職から離れていますが、また介護に関わりたいという気持ちは変わりません。それはあのご利用者様の素敵な笑顔が忘れられないからです。

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